[栃木県]那珂川町の参拝神社
- 鷲子山上神社−本宮−(栃木県那珂川町)
- 鷲子山上神社(栃木県那珂川町・茨城県常陸大宮市)
- 小川温泉神社(栃木県那珂川町)
- 馬頭静神社(栃木県那珂川町)
- 健武山神社(栃木県那珂川町)
- 三和神社(栃木県那珂川町)
鷲子山上神社−本宮−(栃木県那珂川町)

神社名:鷲子山上神社本宮(とりのこさんしょうじんじゃもとみや)
祭 神:天日鷲命
鎮座地:栃木県那須郡那珂川町矢又1948
駐車場:両県神社前と境内にあり。
鷲子山上神社公式サイト

-由緒-
鷲子山の神様が大同二年(807)最初に鎮座したところ天文二十一年(1552)現在の御本社の方に遷宮したことにより今も本宮として由緒を伝える。従って当社伝統の夜祭は今でもここより始める。
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鷲子山上神社(栃木県那珂川町・茨城県常陸大宮市)
神社名:鷲子山上神社(とりのこさんしょうじんじゃ)
祭 神:天日鷲命 大己貴命 少彦名命
鎮座地:栃木県那須郡那珂川町矢又1948・茨城県常陸大宮市鷲子3627-1
御朱印:あり
由緒書:あり
駐車場:両県神社前と境内にあり
鷲子山上神社公式サイト
-鷲子山上神社 由緒案内板-
鷲子山は栃木茨城の両県にまたがる海抜五百平米の深山で老杉巨木が生い繁り貴重な植物があり数多い鳥獣の住む霊山であって四季おりおりの景観が美しく眺望の広大なところであります。
神社は大同二年(807)土地の人宝珠上人により創建されたもので産業の神天日鷲命を勧請して製紙と殖産の守護神として鎮め奉り後に大己貴命(大黒様)と少彦名命(恵比寿様)を併せ祀りました。社殿はもと現在本宮の地朝日嶽にありましたが後に今の地に移りました。
現在の本殿は天文二十一年(1552)に建設されその後度々修復を加えたものであります。
例大祭 四月十七日・七月十六日
御縁日 旧暦十月十六日・十七日 昔からの御祭礼日で
古式による有名な夜祭りが行われます。
創建以来あらたかなる御神威と民衆の厚い信仰により大いに栄え鎌倉幕府は社殿修理料を献じ徳川幕府は御朱印地二十石を寄進し除地免税地百石を附する等多くの人々の尊信するところでありました。当今は亦多くの信者と共に四季の風光を求めて遠方よりの参詣が絶えません。御参拝の各位は日本に残されている数少ない深山の霊気を吸い心願をこめて参詣されると共に社殿建造物と自然の保護にご協力下さるよう願うものであります。
-鷲子山上神社 本殿・隋神門案内板-
本殿は、三間社流造り銅板葺きで、天文21年(1552)に再興されたのち、天明8年(1788)に建替えられたものである。本殿向拝の柱、頭貫の彫刻化された構成と装飾は、類例を見ない奇抜な手法である、また、身舎の彩色を施した多くの彫刻とその装飾の豊かさは、関東地方における社殿の彫刻装飾の流れを知るうえで重要である。
隋神門は、三間一戸入母屋造り銅板葺きで、文化12年(1815)の再建である。一階の正面両脇の間に隋神像、背面両脇の間に仁王像を安置し、中央間には扉を設けていない。一部未完成の部分があるが、組物や軒に独自の手法が用いられるなど、社殿構成の一環として重要な建造物である。
-鷲子山上神社 由緒書-
鷲子山上神社は、栃木県(那珂川町)と茨城県(常陸大宮市)との県境に位置した標高四六〇メートルの山上にあります。平成二年には全国で初めての両県文化財に指定され、「県境にある霊峯」として知られています。
神社の創建は八〇七年(大同二年)、地元の大蔵坊宝珠上人が諸国を遍歴中に四国阿波の国で製紙の神に会い、産業の振興のためにこれを勧請したといわれています。今では、製紙地の伝統として烏山和紙が伝承されています。
鷲子山上神社に鎮座されている神様は三柱あり、天日鷲命が産業の振興、大己貴命が縁結び、福徳・金運の神、少彦名命は医薬、難病克服及び酒造りの神として崇拝されています。
御本社は現在の本宮にありましたが火災のため焼失し、一五五ニ年(天文二十一年)現在の場所に建立されました。本社の裏には神事の御幣を納める三本杉神社、更に奥には京都の伏見より勧請した奥山稲荷神社があり、また、大鳥居、楼門の安養閣、本宮等が古くからの精巧な建物で知られています。
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小川温泉神社(栃木県那珂川町)
馬頭静神社(栃木県那珂川町)

神社名:静神社(しずじんじゃ)
祭 神:誉田別命 手力男命
鎮座地:栃木県那須郡那珂川町馬頭2576
駐車場:神社鳥居右側

-由緒-
静神社は、大同年間(806〜809)誉田別命を祭神として、字若宮に祀られていました。元禄年中(1688〜1703)に徳川光圀公の命によって、上郷地の山腹に遷座、手力男命を併祀して静神社と称しました。明治6年に村社となり、同33年に武茂城跡のこの地に奉遷されました。本殿は、間口1間(1.8m)奥行1.5間(2.7m)周囲に玉垣をめぐらしてあります。城内からは市街地が一望にでき憩いの場となっております。
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健武山神社(栃木県那珂川町)

下野国延喜式内社:健武山神社
神社名:健武山神社(たけぶやまじんじゃ)
祭 神:日本武尊 金山彦命
鎮座地:栃木県那須郡那珂川町健武2302
御朱印:あり
駐車場:神社右側宮司宅

-由緒-
本社は延喜式内下野十一社の一つで大同元年の創始といわれています。
大字健武宇武部と天梅の地にあって祭神は「日本武尊」と「金山彦命」の二社で日本書紀に「日本武尊白鳥云々・・・欲録其功名即定武部」とあります。
また、この地方の産金は「那須のゆりがね」として昔から和歌にも詠きれ遠く都にもその名が知られておりました。
「金山彦命」については、続日本後記に「承和二年下野国武茂神に従五位を授け比神採砂金の山に産すとみえる」。そして水戸斎昭が深く崇敬し社領十七石を寄進され、毎年の例祭には奉幣紙が遣されていた。
境内の古杉老樹、目前の武茂の清流は、いにしえの歴史伝説へと心を誘う景勝の地でもあります。
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三和神社(栃木県那珂川町)

下野国延喜式内社:三和神社
神社名:三和神社(みわじんじゃ)
祭 神:大物主命
鎮座地:栃木県那須郡那珂川町三輪726
御朱印:あり(未確認)
駐車場:神社手前にかたくりの里の駐車場あり

-全国神社名鑑由緒-
推古天皇十二年聖徳太子一七条憲法を発した年、当地方を開発した三輪氏の後裔により大和国三諸山大神神社より勧請したにはじまる。承和五年官社に預かり仁和元年従四位下に叙せられた。延喜五年神名帳に記載せられ、式内小社に列した。堀河天皇長治元年藤原貞信は勅を奉じて八溝山の賊徒を征討、そのさい当社に祈願をかけたため天養元年甲子拝殿を造営、以降甲子の年に社殿を修築、幕末までに及んだ。那須家ならびに烏山城主代々の崇敬社であった。旧郷社。
-案内板由緒-
始め毛野国三輪山と称する当山の三つ又の槻木(現在のケヤキ)の大木を御神体として芽の輪を捧げて奉祀する。
元明天皇和銅六年(713)に初めて神殿を建立する。
称徳天皇神護景雲二年(768)神祇官(勅使)の奉幣に預かり三和の神号を勅宣される。
仁明天皇承和五年(838)九月下野国那須郡三和神官、社に預かる。(続日本後紀)
陽成天皇元慶四年(880)八月下野国従五位下三和神、正五位上を授けられる。(三代実録)
光孝天皇仁和元年(885)二月下野国正五位上三和神、従四位下を授けられる。(三代実録)
醍醐天皇延喜五年(905)延喜式神名帳に選載され式内社となる。(延喜式)
堀河天皇長治二年(1105)須藤権守貞信、八溝討伐に際し三和神に祈願する。
近衛天皇天養元年(1144)八月本社拝殿造立、現社殿は明治一六年新築、昭和四五年改築する。
また、神社には氏子により五穀豊穣を祈願する天祭(町指定無形民俗文化財)が天正年間(1573〜1591)から伝えられている。
附記
ここより北東500メートルに那須与一宗隆公ご霊廟として奉祀される御霊神社がある。








