[埼玉県]秩父市
秩父神社(埼玉県秩父市)
武蔵国延喜式内社:秩父神社 武蔵国四の宮
神社名:秩父神社(ちちぶじんじゃ)
祭 神:八意思金命 知知夫彦命 天之御中主神 秩父宮雍仁親王
鎮座地:埼玉県秩父市番場町1-3
御朱印:あり
由緒書:あり
オリジナル朱印帳:あり
駐車場:あり
-秩父神社 由緒書-
悠遠且典雅な神秘に包まれる聖域秩父神社は躍進途上の秩父市の中央に鎮座し秩父三社巡りの三峰、宝登山両神社の中間にあって、古くから秩父総社延喜式内社、関東の古社として知られております。
御創立は遠く二千有余年前、崇神天皇の御代秩父国造の始祖知知夫彦命が命の御祖神八意思金命を奉斎しました時と記録されております。その後東国の山域にも武家の勃興と共に漸く文化も開け、平安中期以降神仏習合の妙見信仰が加わりました。上下の尊崇、別けても朝廷の御崇敬は極めて篤く神階正四位下に進み武家の崇敬も深く現在の御社殿は戦国末期に兵火に炎上しましたのを徳川家康公が造営を進めたものです。当時の棟札が社宝とし保存されてあります。昭和三年十一月御即位の当日県社から国幣社に列格いたしました。
畏くも、大正天皇は第二皇子雍仁親王殿下の宮家御創立に当り秩父宮家の称号を御宣賜あらせられ、その年殿下は親しく御奉告のため御参拝なされて乳の木壱樹を御手植えなされましたが、今は亭々として生い茂って参りましたところ、先年、宮様の薨去遊ばされるや御遺徳を偲びまつる郡市民は御由緒も深いこの聖域に御尊霊を御奉斎申し上げました。
先年は貞明皇后、高松宮殿下の御参拝を辱うしております。なお、秩父宮妃殿下の御参拝を戴き、秩父神社復興奉賛事業完遂奉祝祭(昭和四十七年十月五日)を斎行しましたが、お歌を賜りました。
神垣も新になりて みゆかりの 秩父のさとわ いよよ栄えむ
-秩父神社 境内案内板-
当社のご創建は平安初期の典籍「先代旧事紀-国造本紀-」によれば、人皇第十代の崇神天皇の時代に、八意思兼命を祖とする知知夫彦命が、知知夫国の初代国造に任命され大神を祀ったことに始まるとされており、武蔵国成立以前より栄えた知知夫国の総鎮守として現在に至っています。
元慶二年(878年)には神階正四位下に昇叙され、延長五年(927年)に編募された「延喜式」にも掲載されるなど、関東でも屈指の古社のひとつに数えられています。また、中世以降は関東武士団の源流、秩父平氏が奉じる妙見信仰と習合し長く「秩父妙味宮」として隆盛を極めましたが、明治の神仏分離令により秩父神社の旧社名に復しました。
現在の権現造りのご社殿は、天正二十年(1592年)に徳川家康公が寄進されたもので、江戸時代初期の建築様式をよく留めていることから、埼玉県の有形文化財に指定されています。また、毎年十二月三日に行われる例大祭は「秩父夜祭り」として国の重要無形民族文化財に指定され、京都の祇園祭り、飛騨の高山祭りと共に日本三大曳山祭りに数えられ全国に知られています。
古くこのお祭りは妙見祭とも呼ばれ、妙見様の星祭りとして親しまれてきました。妙見様のご利益は、国土守護、除災招福貧窮を救い、一切の諸願を満たしてくれる天女のような神様であり、庶民の様々な願いを叶えてくれるご神徳があるとされています。これにちなんで、当社に古くから伝わる妙見様の御姿を記した掛軸とお守りを奉製致しました。霊験あらたかな妙見様のご加護により、皆様に幸せが訪れますことをお祈り申し上げております。








