梅田日枝神社(群馬県桐生市)

神社名:日枝神社(ひえじんじゃ)
祭 神:大山咋命
相 殿:木花開耶姫神 猿田彦命
配 神:菅原道真公 月夜美命 大雷命 天御中主命 大物主命 大国主命
鎮座地:群馬県桐生市梅田町1-481
由緒書:あり(未確認)
駐車場:あり

-梅田日枝神社 桐生市史神社編由緒-
山田郡誌記載の「社伝由緒」によると次の通りである。
「勧請年月詳かならず。或はいう、延文五年の創立なりと云う。当家は桐生家の始祖桐生六郎忠利、治承四年足利又太郎に従い、宇治川先陣の功によりて当地を給り、入部の節かねて陣中の守護神として信仰厚かりし、近江国日吉神社の分霊を請いて祭祀す。是れ即ち当社の創始なり。其後六郎が末裔又六入道行阿国綱にいたり、観応元庚寅年要害の為め桐生檜テキ山城を築きし時、城中の守護神となし、神祠を建てて旗織二流を備え、神木として楠五本を献ず。これによって楠御殿山山王宮と称す。後延文五年国綱当社を檜テキ山の東方に遷し、大いにその面目を改む。国綱の孫三郎豊綱又当社を尊崇する事厚く、野州佐野より清蔵院と称する修験者を呼びよせ、社務並に神事に与らしめ桐生家の祈願所となす。是れより代々の城主相次いで崇敬厚く、天文年中大炊助祐綱の時に至り、領内七社の一として崇め奉れり。又永禄三年上杉謙信近衛竜山公を奉じて桐生城に入り、御屋形に御逗留の節、竜山公桐生の風光を賞して、八景の和歌を詠じて当社に奉献する等当時社運隆昌を極む。然るに元亀二年桐生家新田由良氏と水路を争い、天正元年三月十二日遂に由良氏の攻むる処となりて桐生氏玄に亡ぶ。この時当社は城下山王の木戸際に在りしをもって社頭俄に戦塵の巷と化せり。古記録、神宝等ことごとく兵火のためこれを失えり。是より社頭の荒廃甚だしく、後世山王の御林と称して僅かに小祠を存するのみなりしが、天和ニ年四月以降当所御給地となりし際、郷人協力して当社の再興を計り、旧社地に新殿を建て、又天正戦乱の節村内実相寺の境内に遷せしと云う。大神をも奉遷して上久方村五給の総鎮守と仰ぎ、やや神社の尊厳を復興せり。爾来元禄、宝永、享保と年次を追うて社殿の修理を加え、文政ニ年六月本殿、安政ニ年三月拝殿改築の功成りて維新に至り、明治五年村社となり、同時に旧山王権現の称を廃して日枝神社と改称す。
又伝に云う。当社には古来相殿の神ニ座あり、社家の旧記に「祭神大山咋神相殿ニ座、木花開耶姫神、猿田彦命合せて三座」と見え、天保年中書写の祝詞文にも又三座の神号を列記せり。但し明治十二年調進の明細帳には、右相殿のニ座を載せず。然れども右相殿のニ神はもと当社の信仰上に起因せるを以て、聊か左にその由来を述べん。
そもそも当社は中世両部習合の結果、浮屠氏山王権現と称し猿猴を以てその神使となす等、附会の説にもとずき、彼の猿猴は猿田彦神の御容貌に酷似せるより遂に相殿の神となし、後世婦女俗信の起因を成すにいたれり。又木花開耶姫神は天孫邇々芸命の妃神にましまして、その御子を産み給う時に当り、火中の産殿に入りて恙なく御平産ましませしとの古伝により後世産婦の守護神として是れ又相殿の神と仰ぎ、益々婦女の信仰を集めしが如し。口碑の云うる処に拠れば、当社は中古桐生家繁昌の時代にあたり、内室等の信仰、別けて厚かりしかば、社殿を御屋敷の地内に建てて朝暮日参に便せりと言い、殊に後世に至りては、御神木楠の枝葉を採って安産の霊符となし、是れを煎じて服用すれば、妊婦は乳を潤沢ならしむと言い、恰も神木の枝葉を以て霊薬の如くに尊信して、今猶諸方より来り乞うもの少しとせず。」
明治四十二年一月十一日、上久方居館の無格社琴平神社と境内末社天満宮を合併、同年二月八日同字城ノ前無格社雷電命社を、次いで八月二日には字金沢の無格社出羽神社を合併した。
-桐生城跡日枝神社のクスノキ群-
社殿の左手の四本のクスノキで南北朝時代に桐生国綱が神木として献上したと伝えられる。
暖地性の植物のため一箇所に数株を見ることは珍しい。従って、史木としてのみでなく巨木としても貴重である。
第一樹は、目通り4.1m、樹高24m。第二樹目通り3.7m、樹高22m。第三樹目通り3.6m、樹高23m。第四樹目通り3.2m、樹高25m。第一〜第三樹は約600年、第四樹は約300年の樹齢と推定される。
第三樹は隣接するカヤ木に寄りかかっているため危険であり、上半分の代採等全体的な手入れを昭和五十七年九月に実施した。

梅田日枝神社は群馬県桐生市の北、桐生川に沿って通る県道を梅田ダム方面へ登っていく途中に鎮座する。
駐車場は社務所前が広場になっているので、数台停められる。
参拝日は氏子の方が境内清掃をしていたようで、丁度お昼時ということもあってか休憩していた。
まず目に入ったのはクスノキ。
とても大きいクスノキが数本あるので圧倒された。

社殿へ向かうため石段を登る。
拝殿前には狛犬。

拝殿で参拝。
大きなクスノキが境内をより鬱蒼とさせるが、とても気持ちが良い。
暫くクスノキを眺めたり、深呼吸をして味わう。

社殿の左側から境内社や本殿近くへ行くことが出来る。
社殿の左側にもクスノキの神木。

社殿の左側から入って本殿を眺める。
日枝神社の眷属は猿なので、本殿には猿の彫刻。

境内社は本殿の左側に機神社と八幡神社。
奥、社殿右側には稲荷神社と天満宮が鎮座している。

境内社、機神社と八幡神社のところには狛犬もあった。
拝殿前の狛犬よりも古そうだ。

境内には他に案内板前に手水舎がある。
境内社は社殿右側に八坂神社が鎮座している。

社務所は神社右側にあるが、宮司さんは普段いないそうだ。
氏子の方に聞いたら、由緒書はあるが社務所の中で鍵が無いとのこと。
氏子の方々はとても親切で、周辺の神社の場所や歴史を教えて頂いた。
クスノキは傾いているのが倒れないように保護されている。
なのでより迫力が出ているようだ。
クスノキ群が梅田日枝神社の心地よさを演出していることは間違いないだろう。
関東の神社をもっと広めよう♪
↓ ↓

読み終わったらブックマーク♪
↓
My Yahoo!に追加
livedoorReaderに追加
梅田日枝神社(群馬県桐生市)のトラックバック
※トラックバックは言及自動リンクです。リンクを貼ってから送ってください。
梅田日枝神社(群馬県桐生市)へのトラックバックURL
http://kaguraden.blog11.fc2.com/tb.php/236-77690e02
2006年06月04日 神奈川県 鎌倉市藤沢市 江ノ島 湘南の風




