駒形神社(群馬県前橋市)

神社名:駒形神社(こまがたじんじゃ)
祭 神:保食命 大己貴命 大物主命 菅原道真公 伊弉那岐命 伊弉美命 火雷命 武御名方命 須佐之男命
鎮座地:群馬県前橋市駒形町710
駐車場:あり

-駒形神社社務所右側案内板-
本社の鎮座するこの地は古くは利根川本流の西岸に位置し、広漢たる原野の中に駒形社一社のみあり、駒形大明神と称し、祭神に保食命で、食糧、農耕守護の神として信仰された。上野名跡考では「駒形とは野の神、山の神、水の神、土の神の社地より準き土を採り、駒形を造り野馬守護のためこの四神を祀る」と誌す。境内は馬蹄形をなし源頼朝の愛馬「磨墨」の蹄と伝えられるものが御神体の一部にある。
勧請年月は、元亀元年と伝えられる。「上野国郡村誌」
神仏混有時代は小屋原町の天台宗泉蔵寺に属していたが、慶安年間(1650年)項束善養寺村(現前橋市東善町)より数戸、この地へ移転して以来、漸次戸数の増加により社殿を改築し、別当「山伏修験本明院」を設け駒形の氏神とした。
社殿は宝暦七年(1752年)に改築したが現在のものは明治三十八年十月の新築である。明治四十年十二月本社境内末社三社(八坂社、稲荷社、秋葉社)並びに町内字東高島鎮座琴平神と、その境内末社四社(八坂社、稲荷社、秋葉社、菅原社)及び町内字桃井鎮座の雷電神社と、その境内末社三社(八坂社、三峯社、諏訪社)を駒形神社に合併した。
大正三年十月九日、群馬県より神饌幣帛料供進神社に指定され村社となる。
昭和二十年神社官制廃止に伴い、同年十二月「宗教法人駒形神社」となる。
-駒形神社境内入口案内板-
明治四十年に琴平神社、雷電神社を合併し現在の姿になっています。
慶安元年東善より数戸引っ越し、駒形新田として町を形成し、日吉山王を氏神としました。宝永七年になって戸数も増加し、小屋原泉蔵寺より駒形明神をもらい受け、これを氏神としました。春、秋の例祭・祇園祭などがあります。

駒形神社は駒形駅の南、北関東自動車道駒形ICのすぐそばに鎮座する。
駐車場は境内右側に空き地があったのでそこに車を停めた。
参道の道路真ん中に一の鳥居、細い道を進んで行くとT字路になり、ぶつかったところに二の鳥居。
抜け道なのか、意外と交通量は多い。

鳥居を潜ると狛犬。
まだ新しい。

手水舎は思わす目を見張る。
駒形神社だから馬だろうか。

拝殿で参拝。
大きくは無いが、中々彩色鮮やかで、彫刻も素晴らしい。

周って本殿。
覆われているものの拝見することができる。

境内社はいくつかあり、社殿右側に駒形伏見稲荷神社。
伏見稲荷なので恐らく京都からの勧請だろう。

社殿を囲むように石祠の境内社が並ぶ。
本殿の裏側もズラリ。

境内には他に神楽殿、それと大きめの木があった。
神木かもしれない。
その下には石神が並んで鎮座していた。

社務所は社殿左側。
残念なことに閉まっていた。
参拝時刻は午後4時を過ぎていて、通常なら参拝しない時間帯なのだが近くまで来たので参拝することにした。
なので通常は開いているのかもしれない。
宮司宅は駒形神社の向かいにある。
尋ねてみたが、あいにく留守。
最初の参拝から数回尋ねているが留守。
どうも間が悪いようだ。
駒形神社は駒形大明神と云われていたそうなので、上野国神名帳に記載されている駒形大明神に該当する。
同じく記載されている駒形明神はどこなのだろう?
駒形神社が両方兼ねているのかもしれないが、その辺はまた調べ次第追記したいと思う。
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