山王日枝神社(群馬県前橋市)

神社名:日枝神社(ひえじんじゃ)
祭 神:大山咋命
鎮座地:群馬県前橋市山王町14-2
駐車場:あり

-日枝神社案内板-
貞観二年(清和天皇の御字858年)嵯峨天皇の皇子、二品親王忠長郷が上野国大守に任ぜられたのを祝して九ヶ村の郡民相議り、社殿を造り近江国に鎮座の日吉山王大権現の神を遷祀して産土の神と仰ぎ安心立命と天下泰平五穀豊穣を祈ったのが本神社の興りである。
当時この社地周囲の稲の収穫凡そ二百万把を山王と称し貞観七年(865年)阿部真行が上野介に任命されて水田田穀町歩を献じて神田としたと言われ現に神田の小字名を残している。
文浩二年(1186年)足立盛長が参詣して鰐口一ヶを奉献し建久七年(1196年)には源頼朝が参詣して三百余町歩を寄進、国家安全の祈祷をしたと言われる、その後は応仁の乱に当地も戦場と化し天文年中に至って兵火に罹って社殿僧坊旧記の殆どを焼失したが永禄年間に漸く社殿を再造して僅かに旧態を保った、現存の本殿は実にこの時の建築である。
近世に下っては慶安二年(1649年)徳川家光は朱印を以って神田五十四石を献じ又、歴代の前橋藩主は祭祀料を献じ度々社殿、玉垣等の修復を行った。
近代に至っては明治元年(1868年)神佛分離の令によって社僧、別当は廃止され神田は国へ返還し国家の管理の下に置かれ社名も村社日枝神社と改称された。
明治四十二年国の方針により神社の合祀が行われ当時の佐波郡上陽村大字中内鎮座村社稲荷神社仝村大字東善鎮座無格社菅原神社、仝村大字西善鎮座村社稲荷神社並びに無格社菅原神社、神明神社及びその境内社を当神社の境内神社として移転合祀した。
昭和二十一年十一月三日、日本国憲法の公布により神社は国家の管理を離れ宗教法人として発足し現在に至る。

日枝神社は北関東自動車道駒形ICの西、山王町に鎮座する。
神社名は日枝神社、前橋市に日枝神社がいくつかあるので山王日枝神社として紹介することにした。
駐車場は神社鳥居右側に数台停められる。
朱の鳥居を潜り、境内へ。

参道左側には手水舎。
その奥には神楽殿だと思う構築物。
参道の右側には案内板と境内社。

拝殿前の狛犬。
まだ新しいようだ。

拝殿で参拝。
朱の拝殿で、彫刻も彩色されている。

社殿裏側に周って本殿。
拝殿同様、朱の造りになっている。
社殿は古社の雰囲気を保っていて中々素晴らしい。

拝殿を良く見ると、小さな猿の置物があった。
猿は日枝神社の眷属になるので、猿の彫刻や置物などが多い。
本殿左側には境内社が鎮座している。

境内には大きな石碑もあった。
左側の写真は境内右側にある石神。
右側の写真には彰忠碑と刻まれている。

境内社は他にもあり、鳥居右側に厳島神社と山王天満宮が鎮座している。
各社殿の中には石祠。

社殿の裏側と右側にはカシの木がそびえている。
巨木とまではいかないが、まあまあの大きさだ。
社務所は境内右側の奥にそれらしき建物があった。
参拝時は不在。
普段誰かいるのかはわからないので、山王日枝神社に用事がある場合は連絡してからの方が良いだろう。
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