小石神社(群馬県前橋市)
神社名:小石神社(こいしじんじゃ)
祭 神:須佐能男命
相 殿:木花佐久夜比売命 大物主命 大巳貴命 菊理比売命 伊邪那岐命 伊邪那美命 菅原道真命
鎮座地:群馬県前橋市敷島町255-1
御朱印:あり
由緒書:あり
駐車場:境内に数台停められそう
-小石神社 由緒書-
古き昔より上野国勢多郡南橘村の橘山に疫病除のご神徳があるという赤い御霊石があった。この御霊石は悪病が流行した部落を転々としていたが、江戸時代の後期に前橋市横山町(現千代田町四丁目)の路傍で風雨に曝されていたのを、地元の篤信家たちによって神社に祀られることとなった。当初は八坂神社といい、その後明治四十年に市内にあった琴平宮と白山神社を合併して小石神社と改称した。また横山町が前橋の商売の中心地であったことから、毎年師走には酉の市が開かれ市内をはじめ県内外の数多くの崇敬者たちが訪れ、神社の境内には縁起物や老若男女の喜ぶ露店が立ち並び「お酉様」と親しまれ大変な賑わいをみせた。昭和四十六年に敷島公園内のこの地に遷宮され、敷島町・緑が丘町の歴史とともに歩んで来たが、遷宮三十年を経過し、最近では両町内の氏神様・鎮守様として親しまれている。
-小石神社参拝記-
小石神社は群馬県庁の北、敷島公園のすぐ隣に鎮座する千代田町4丁目から遷座した神社。
駐車場は境内に数台台くらいは停められそうだが、敷島公園のバラ園側に停めて歩いていったほうが無難だ。
敷島公園内に鎮座しているものだと思い、暫く公園内を散策。
案内図を見て、公園外ということに気がつく。
境内への入口は、正面の鳥居のほかに東側にも鳥居があり、そこからも入ることができる。
拝殿前の狛犬。
新しい狛犬だが、かわいらしい狛犬だ。
拝殿で参拝。
コンクリート造の社殿で、社殿も境内もまだ新しい。
境内はそれほど広くなく、境内社や神楽殿などの建造物もない。
本殿はコンクリート造なので拝見できない。
御神体は「小石神社」だけに「石」なのだが「小石」ではないそうだ。
やや大きめの石で、色は黒っぽく溶岩のような石なのに非常に重いという話だ。
元々小石だったものが育って大きく重くなったという伝説がある。
境内には2つの石があり、縁結び石と縁切り石と呼ばれている。
縁結び石は境内の左側にあり、「於能碁呂石」という名称で、相殿神の伊邪那岐命・伊邪那美命の夫婦神が国生みで最初に作った「於能碁呂島」から名付けられた。
縁切り石は社殿の前に置かれている。
小石神社に伝わる「疫病除のご神徳があるという赤い御霊石」に因んで設けられた赤石で、言い伝えの石ではないが厄除け石とされている。
社務所で「かわらけ」を戴き縁切り内容を書き、赤石に落として割って悪縁が砕け散る様を見れるて、雨で水に流れるというちょっと珍しい縁切りになっている。
かわらけとは、土器のことで、土に戻るのが早い。
社務所は境内の左側にある。
御朱印と由緒書を戴き、小石に因んで小石である天然石御守りを戴く。
目を瞑って、いっぱいある天然石から自分が狙った天然石を引き当てるやり方。
濃いブルーが鮮やかな天然石を狙ったが、違う石を掴みそうになり手を掴まれてこっち!というような感じで誘導されそうになった。
しかし、あえて誘導されずにそのまま掴むことにした。
内心、違うのならそれもそれでと思っていたので。
上野国神名帳に小石神社と記載されているが、小石神社側は否定しているそうだ。
由緒や創建年代が合わないということらしい。
だが該当神社が他に見当たらない。
小石神社の由緒の他に、日本武尊が東征の途中、弟橘媛を海上で失い北橘村の橘山山頂から南方を眺め、「媛恋し」と弟橘媛を慕って嘆き悲しんだ。
この時に腰を下ろした石が、この小石神社の御神体だという言い伝えもある。
「恋し」が「小石」となったので、小石ではなく腰掛け石ということだ。
現在も橘山山頂に小石神社の石祠が鎮座しているので、山頂の石祠と敷島の小石神社両社が上野国神名帳にある小石神社であると思われる。
小石神社のすぐ隣には敷島公園がある。
とても広い公園で、子供達が遊べる広場があり、球場・プールなどの設備もある。
サッカーJ2のザスパ草津のホームグラウンドでもあるので、家族やカップルで参拝、勝利祈願で連勝と縁結びなんていうのも良いかも知れない。
関東の神社をもっと広めよう♪
↓ ↓

読み終わったらブックマーク♪
↓
My Yahoo!に追加
livedoorReaderに追加
[群馬県]前橋市の参拝神社 トラックバック:0 コメント:0 編集
小石神社(群馬県前橋市)のトラックバック
※トラックバックは言及自動リンクです。リンクを貼ってから送ってください。
小石神社(群馬県前橋市)へのトラックバックURL
http://kaguraden.blog11.fc2.com/tb.php/398-0a3bbaf8




