報徳二宮神社(栃木県日光市)
神社名:報徳二宮神社(ほうとくにのみやじんじゃ)
祭 神:二宮尊徳命
配 神:二宮尊行命 冨田高慶命
鎮座地:栃木県日光市今市743
御朱印:あり
由緒書:あり
駐車場:大型駐車場あり(参拝者は無料)
報徳二宮神社公式サイト
-報徳二宮神社 由緒書-
御祭神二宮尊徳は晩年日光神領の復興に尽力し、今市の報徳役所にて死去しました。その遺徳を敬仰する地元をはじめとする全国の崇敬者によって尊徳の終焉の地である由緒を持つこの地に神社を創建したのを始まりとしています。明治二十六年起工し、同三〇年に社殿を竣工、三十一年十一月十四日に鎮座祭を執行し今日まで学問・経営の神として、人々に親しまれています。
-報徳二宮神社参拝記-
報徳二宮神社は栃木県日光市、平成の大合併で日光市と合併した旧今市市の街中。
東武線下今市駅から徒歩3分の南西に鎮座する。
JR今市駅からだと徒歩10分の北になる。
駐車場は二の鳥居右側に大型駐車場があり、参拝者は無料だそうだ。
駐車場へは神社右側から入れる。
一の鳥居へ戻り参道を歩く。
綺麗に整備された参道の左側には二宮神社会館。
二の鳥居を潜ると、左側には手水舎がある。
鳩がたくさんいて、水呑場になっている感じだ。
鳩を押しのけて清める。
手水舎の裏は授与所と社務所になる。
社殿前には狛犬。
まだ新しい。
拝殿で参拝する。
境内は整備されていて、清掃も行き届いている。
なので心地よい境内だ。
本殿は改修されていないようだ。
拝殿と比べると明治時代とはいえ味がある。
社殿右前には小学校でよく見かけた薪を背負って読書する「二宮金次郎像」。
薪を拾って売り、その金で勉学をしたのは事実だそうだが、この姿で実際に歩いていたという事実はないとされるそうだ。
『二宮尊徳翁』(幸田露伴)の挿絵で、はじめて薪を背負って歩く姿の挿絵が使われたことに始まる。
社殿右にはあまり見かけない晩年の「二宮尊徳像」。
今まで幼少の頃のイメージしかなかったので、ちょっとショック。
本殿の裏側には二宮尊徳公の墓。
社務所で御朱印を戴く。
対応して戴いたのは女性神主さんで、美人さん。
御朱印と由緒書を戴いた。
二宮尊徳を祀る二宮神社は主に栃木県と神奈川県にある。
なぜ神奈川と栃木という離れた場所なのかというと、小田原藩大久保家の分家であった旗本宇津家の知行所であった場所が栃木県にある二宮町周辺で、その仕法を任せられたからだ。
栃木県二宮町(真岡市と合併予定)の由来は二宮尊徳の「二宮」であり、一の宮制の二の宮ではない。
その後日光山領の仕法を行い、現在栃木県日光市である旧今市市で没する。
神奈川県小田原市にある報徳二宮神社は二宮尊徳の出生地。
栃木県日光市にある報徳二宮神社は二宮尊徳の終焉地となる。
栃木県にはもう一箇所、二宮町に二宮神社があり仕法の地となる。
御利益は勉学がメインとされるが、会社の経営建て直しや新規開拓など企業経営に注目したい。
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報徳二宮神社(栃木県日光市)のコメント
あれれ・・・美人神主さんに釣られてしまた^^;
写真はないのねぇ? 泣
こうなったら行くっきゃないかも〜 笑
そういえば金次郎さんは成田山に参篭して行に励んでいた時期があったそうですよ。
どうりで少年から急に年寄りになったわけだ!
って、、、そんなことはないか。。。
2007年11月29日 花杵庵主 URL 編集
あはは、写真はありませんよ。声もかけられない小心者の私が写真お願いなんてできませんよ・・・。
このブログに巫女さん写真が殆ど無いのはこのせいだったり。
でも断られるか(笑)
ぜひ参拝してみてくださいな。
2007年11月29日 かぐら URL 編集
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