薬師寺八幡宮(栃木県下野市)
神社名:薬師寺八幡宮(やくしじはちまんぐう)
祭 神:誉田別命
配 神:息長帯姫命 玉依姫命
鎮座地:栃木県下野市薬師寺1505
御朱印:あり
由緒書:あり
駐車場:あり

薬師寺八幡宮公式サイト
-薬師寺八幡宮 由緒書-
当社の創建は古く、貞観17年(875)清和天皇の御勅定により東北守護の大神として京都石清水八幡宮の御神霊を勧請し鎮座したと云われております。社伝に依れば、貞観17年己末歳9月人皇56代清和天皇の御勅定により、京都石清水八幡宮の御神霊を下野仮夷國大内山郷磯之坂上旭日ヶ丘に東北守護の大神として勧請、鎮座した。又一方で下野薬師寺の守り神(仏法の守護)として奈良時代に九州宇佐神宮より御神霊を勧請して鎮座したとも云われております。時に天喜4年(1056)源頼義公奥賊追討の勅を拝し進軍の途次、当社に奉宮祈願をなし進発したが、源頼義公の後続軍と賊軍とが社郷内にて合戦。御社殿・御神門・御饌殿・御酒殿等全てが灰燼に帰した。しかし、源頼義公を始め源義家公奥賊安部一族平定の帰路、当社に奉賛の誠を捧げ、特に鉄弓、鏑矢を寄進(社宝)。此れ以来「矢旗岡八幡宮」とも称していたようである。当社の社名であるが、地名から「旭日ヶ岡八幡宮」とも源氏の武神として「矢旗八幡宮」・又「正八幡宮」とも称していたようで、いずれも文献や言い伝えに残りますが、現在は「薬師寺八幡宮」と称しています。一方下野薬師寺が衰退してゆく中で当八幡宮もその勢いを弱めていったようであるが、佐竹右京大夫公が領主となるに及び、其の援助によって神社の整備が進み、寛文2年(1662)には本殿が再建され、翌年には拝殿・玉垣が修理された。現在の社殿はその時のものであり、「栃木県指定有形文化財」である。江戸初期という時代性はもとより、匠の技が随所に散見する貴重な建造物であります。現在も災難除け・厄除けの八幡様として、氏子崇敬者の方々の信仰を集め、郷土の祈願所として大切に保護されています。
-薬師寺八幡宮参拝記-
薬師寺八幡宮は栃木県下野市、自治医大駅の西にある国道4号線に近い下野薬師寺跡の向かいに鎮座する。
駐車場は神社手前右側。
下野市は平成の大合併で南河内町・石橋町・国分寺町が1つになった。
薬師寺八幡宮の右側には、別宮である「天狗山雷電神社」が鎮座している。
鳥居から続く参道は燈籠なども整備されていて、綺麗だ。
参道を進むと二の鳥居。
参道左側には、御神木である天然記念物のケヤキ。
御神木の下には石祠があった。
梟がチョコンといるので、「不苦労」ということだろう。
同じく参道左側の手水舎。
夢福神がここに鎮座している。
よく見ると、「薬」の文字が入った杖を持っていた。
薬師寺の薬を病気平癒と結び付けているのかもしれない。
薬師寺八幡宮には至福神という七福神の四神が祀ってある。
「しふく」だから福神が四なようだ。
境内中央部には垂乳根銀杏の神木。
紅葉の時季は境内に映えそうだ。
拝殿前の狛犬。
まだ新しい、勇ましい感じの狛犬だ。
拝殿で参拝。
社殿はとても美しい。
本殿もそれほど大きくはないが、見ごたえがある美しさだ。
社殿周辺には境内社が鎮座している。
社殿手前には金精さまと、社名不明のどこかの本殿を遷したような神社。
社殿右側には五條天満宮・千勝神社。
さらに祖霊社と稲荷神社。
稲荷神社は三十三社と書かれてあり、他の境内社と比べてちょっとゴチャっとしている。
神楽殿は社殿の向かいにある。
社務所は参道右側。
声をかけて御朱印と由緒書を戴いた。
薬師寺八幡宮は夢福神がいる栃木県九難除神社めぐりの一社。
また下野八社の一社でもある。
下野薬師寺跡も近いので、参拝しておきたい神社だ。
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