赤烏神社(群馬県前橋市)
神社名:赤烏神社(あかがらすじんじゃ)
祭 神:健角身命
鎮座地: 群馬県前橋市古市町1-38-12
-赤烏神社 前橋神社要覧由緒-
社号の赤烏は明烏の意味だと伝えられている。御祭神、健角身命は、即ち神武東征の折の八咫烏であって、矢田部神主等の祖であるという。上野神名帳に、正五位下矢田部明神と見えているのは、当社であるという。
-赤烏神社参拝記-
赤烏神社は群馬県前橋市、新前橋駅から東の程近いところに鎮座する。
駐車場はない。
裏道の住宅街にあり、境内地は緩いカーブの角地になる。
道路から短い階段を上ると鳥居。
境内はそれほど広くは無い。
鳥居を潜るとすぐ社殿前だ。
拝殿前の狛犬。
拝殿で参拝。
小さな社殿だが、奥行きがある。
このくらいの拝殿の大きさだと、拝殿が本殿を兼ねているか本殿が小さい場合が多いのだが、赤烏神社は本殿はそこそこ大きいようだ。
本殿は拝見できない。
本殿右側には境内社がある。
恐らく八坂神社であろう。
本殿裏側には境内社やら庚申塔などが集められていた。
他から合祀されたりした神社だろう。
社殿左側には稲荷神社。
稲荷神社前のお狐さんは新しい。
社殿の作りが同じなので、社殿・八坂神社・稲荷神社は一緒に建替えしたのだろう。
稲荷神社の左側には石神。
左から秋葉神社・八坂神社・菅原神社。
参拝を終えて帰る途中で気がついた石。
正面鳥居左側にあった。
依代石なのかはわからないが、台座があるので通常の石ではなさそうだ。
社務所は無く、総社神社管理の非常駐神社。
上野国神名帳記載神社なので、歴史は相当ある。
赤烏神社で行われる古市太鼓「おくんち」は独特の太鼓だそうだ。
周辺が住宅地なので、大いに盛り上がるのかと思ったが、苦情を配慮して細々と行われているらしい。
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[群馬県]前橋市の参拝神社 トラックバック:0 コメント:10 編集
赤烏神社(群馬県前橋市)のコメント
伝統芸能も住民に配慮が要る厳しい時代になりましたね。昨年ウチの神社の秋祭りの宵宮祭にも、近所の主婦が赤ちゃんが寝付かないから早く神賑行事の演芸大会やら神楽太鼓を止めてくれなんて電話してきましたその時は、責任役員さんや祭り当番の代表が丁寧に電話対応をしてくれたので助かりましたが、一年に一度のお祭りにさえ、そんな苦情を言う人が出てくる御時世ですから、おくんちとか言う太鼓も練習もままならない状況ではないかと察せられます。然しそんな人に限って普段から夜更かしして子供を寝かし付けるなんてまともにしたことの無いって人なんですけどね。2008年07月03日 マー君 URL 編集
氏神さまの神事なのに・・・って思っちゃいますね。というか、考え方が身勝手な人が増えてきちゃいました。
私だったら、その日だけは子供をちょっと夜更かしさせても見せてあげたいと思います。
そして、それが何のために行なわれるのかとか意味とか教えます。
確かに伝統的な行事に苦情を言ってくる人って、夜遅くまでデパートで子供引き連れていたりしますよね。
ちゃんと寝かしつけられるのであれば、音がしようが決まった時間になると寝ますよ。
2008年07月03日 かぐら URL 編集
少し話題は変わるんですがこうやって、一般の方のブログを拝見すると、我々…神主の方が、紺屋の白袴と言うか論語読みの論語知らずで、自分の知識不足に驚かされます。それと、言い訳になりますが自社の奉仕に追われる身では、近在の神社でも何かの機会が無いと中々お参りもしませんし、ましてや御由緒を詳しく知るナンテコトは無いんで素人さんのブログとは言え、こんなに良く調べたブログが有ると大変に勉強になります。自分は兵庫の神主なので、いずれまた関西方面にお越しの際には、阪神地区やら播磨方面の参拝日記など書いて頂けたら嬉しいです。2008年07月03日 マー君 URL 編集
>マー君さんありがとうございます。
兵庫県の神主さんでしたか。神戸に1度被災者追悼で訪れたことがあります。
神社は東よりも西がメインなので、とても興味ありますが、中々思うがままに行くことは難しいですねぇ。
関西方面へ訪れたときは、じっくり参拝してみたいです。
参拝をしていると、よく宮司さんに他の神社はどんな感じなのか、うちの神社はどう思うか聞かれます。
神社運営で物欲ご利益で宣伝したくないけど、それだと維持が難しいというのが一番多いようです。
このブログに書かれている資料は、自分が図書館や一般書籍から調べたり、神社の由緒書やご好意で譲ってもらった貴重なものなどから書いています。
由緒が間違ってはいけないので、引用という形でそのまま掲載していますが、まだ特に指摘を受けてはいません。
また神社の裏事情やイベント情報、由緒の詳細などを教えてくれる関係者の方もいらして、とてもありがたく感じております。
まだ神社に興味を持って3年ですが、実に奥深く不思議ですね。
2008年07月03日 かぐら URL 編集
兵庫と言っても、神戸や姫路とは反対側になる日本海側の旧国名で言えば、但馬ってトコの小さな山村で鳥取県境まで家から10分足らず、鳥取市内まで35〜40分てトコです。ですからウチの祭りでは、神事で叩く神楽太鼓も因幡奏伝楽って言う、因幡地方から但馬でも因幡に隣接してるウチの辺に伝わる太鼓です。そんな訳で毎年お祭りに手伝いに来て下さる神主さんも鳥取の方なんです。2008年07月04日 マー君 URL 編集
兵庫県って上下に海があるんですね。私は海の無い内陸部に住んでいるので、羨ましい限りです。
因幡というと、戦国大名山名家が有名ですよね。そういった歴史背景にも興味があります。
2008年07月07日 かぐら URL 編集
山名氏ですが、確かに最盛期には、11ケ国、嘉吉の乱で一時衰退するも、山名宗全の頃には、8ケ国の所領を持つ全国有数の大大名に返り咲いてますね、然し因幡では江戸時代に池田氏が大封を以て治めていた関係からか、今では池田氏色一色で山名氏の影は無いですね。山名氏に関しては、江戸時代…但馬国内の村岡に六千五百石を以て旗本寄合になってますので、村岡町(香美町・村岡区)に行かれた方が、山名家の墓所や菩提寺・藩庁であった陣屋跡等か有るので、山名氏の足跡を辿るには適当かと思いますよ。2008年07月08日 マー君 URL 編集
よく戦国大名は神社への寄進で勢力を誇示していたと云われていますよね。池田色一色ですか、一瞬若狭の大名一色家が関係しているのかと思いました(笑)
山名家はあまり無いのですね、仏教徒なのかな。
地元の豪族と神社の関わり方が面白かったので、他県も色々あるんじゃないかなーって思いました。
関東ではやはり徳川家・源氏が関わる神社が多いです。
2008年07月09日 かぐら URL 編集
山名氏が戦国期に寄進した神社・仏閣は知りませんねぇ。江戸時代に山名氏が治めた村岡領内には何社か神社も存在しますが、特別多額の寄進や朱印領を認めたなんて話も聞きません。ただ…村岡町内の福岡って地区に八幡神社があって、そこは藩主に嫡男が生まれたら奉幣使を差し向けて嫡男の成長祈願をしたって話を聞いた事がありますし、同じく村岡町内の中心部になる村岡地区には美方郡の一宮とか総社とも言うべき黒野神社ってのが有るんですが、ここも参勤交代の折には、出発時と帰国時に藩主が参拝したとか、藩内領民の無事息災・家内安全などを新年に祈願する直願所だったなんて説が伝わってます。残念ながら因幡の方には山名氏の尊崇した神社等の話を聞いた事がありません。池田氏が外様大名でありながら、初代藩主・光仲が家康の外孫だったことから、準親藩扱いを受けており、家康を重んじる光仲の意向により東照宮が勧請されており、戦国期以前の伝承は見えてきません。山名氏自体…本家は但馬が本拠であり 因幡は守護代の尼子氏の力が伸長してましたし、戦国後期には毛利氏の支配下になったりと支配者の変遷が有って、これと言った事績を因幡国内で行なっていない側面も有ろうかと思われます。2008年07月09日 マー君 URL 編集
黒野神社は江戸時代に山名氏から祈願社として崇敬されていたようですね。伊曾布神社、諸杉神社、御出石神社、後は岡山県の高野神社とか興味が出てきますね。
関東では群馬県高崎市に鎮座する山名八幡宮が関わりが深いです。
詳しく調べるには、図書館の閲覧資料や神社にある古文書などを見てみないとわかりませんね。
2008年07月10日 かぐら URL 編集
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