下野国一社八幡宮(栃木県足利市)

神社名:下野国一社八幡宮(しもつけのくにいっしゃはちまんぐう)
八幡八幡宮(やわたはちまんぐう)
祭 神:誉田別命 大帯姫命 姫大神
鎮座地:栃木県足利市八幡町387
御朱印:あり
由緒書:あり
駐車場:社務所前に数台

-由緒書-
八幡宮の社伝によると、天喜4年(1056)八幡太郎の名で有名な源義家が、陸奥の豪族、阿部頼時父子との戦い(前九年の役)にあたり当社付近の大将陣に宿営し、戦勝を祈願して現在地に小祠を創建し、山城の国(現京都)の男山八幡宮を勧請したといわれております。
文明8年(1476)8月、長尾景長は境内社木伐採の禁制を出し保護を加え、その後の元和7年(1621)11月、江戸幕府より20石の朱印社領を許されました。この時の設計図や費用明細書等が残されております。
八幡宮は、八幡太郎義家・義国の父子の手厚い信仰により源姓足利氏の代々の氏神として保護され、古くは足利荘八幡宮と呼ばれ、下野国内第一の八幡宮として、下野国一社八幡宮、一国一社八幡宮とも称されておりました。
現在の社殿は文化11年(1814)に再建されたものです。
幣殿・拝殿については、平成8年、9年度に保存修理を行い、創建当時の姿をみせております。
-由緒書門田稲荷神社-
八幡宮境内に祀られ、祭神は倉稲魂神で、昔は現在地より南西の門田郷にあったことから門田の稲荷と呼ばれたという。
八幡宮の記録によると境内には七つの末社があり、その一つである稲荷社に明治四十五年五月、宇宮前の稲荷社(俗称縁切稲荷)を合併したとあります。
縁切に関する古い絵馬が今も残され、住時の風俗、悩みなどをうかがうことができ、貴重な資料となっています。
門田稲荷神社は日本三大縁切稲荷の一つに数えられ、縁切は勿論のこと病気、災難、厄除にも霊験あらたかな稲荷神社です。
※日本三大縁切稲荷
・榎木稲荷(東京)・伏見稲荷(京都)・門田稲荷神社(足利)
-参拝記-
足利市役所から渡良瀬川を渡った南西、山辺小学校の左側に鎮座している。
神社右側の細い道から社務所前の駐車場に停められる。
車を社務所前に停めて、正面の鳥居から入ることにした。

鳥居のすぐ右側には大きな黒松が植わっている。
市の指定天然記念物。
手水舎で清め、拝殿へ向かう。

参道には狛犬。

そして注連縄鳥居がある。
その先に短い石段があり、登ると拝殿。

石段のところにも狛犬。
手前にある狛犬よりもこちらの方が古そうだ。

拝殿は見事な色と彫刻。
拝殿で参拝すると、中で宮司さんが掃除をしていた。

裏手の本殿へ周ると、これまた見事。
しばらく眺めていた。

本殿の右側には隠れるように境内社が並んでいる。
本殿に目を奪われて、気がつかなかった。
境内社名は聞いていないのでわからない。

境内には拝殿手前に神楽殿、境内の左の門田稲荷神社参道に八坂神社。
また、神社裏手は公園になっていて、古墳群でもある。

境内左手には門田稲荷神社という有名な神社が鎮座している。
日本三大縁切り稲荷の1つ。
ちょうど参拝時、絵馬に祈願していた参拝者がいた。
本殿まである、立派な神社だ。
境内社の稲荷神社に門田郷の稲荷神社を合祀して門田稲荷神社になったそうだ。
社務所は神社の右手。
宮司さんに御朱印を頂いて、パンフレットも置いてあったのでそれも頂く。
門田稲荷神社の御朱印はない。
拝殿・本殿の彫刻技術は特に素晴らしいものがあった。
黒松も立派で、縁切り稲荷も境内社なのに立派。
八幡宮と門田稲荷神社が離れているせいなのか、別々の空間に感じた。
→門田稲荷神社参拝記へ
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2005年09月09日 鳥居巡礼




