西宮神社(栃木県足利市)

足利七福神
神社名:西宮神社(にしのみやじんじゃ)
祭 神:事代主命(恵比寿神) 蛭子命
鎮座地:栃木県足利市西宮町2931
御朱印:あり
由緒書:あり
駐車場:恵比寿講のときは臨時駐車場あり

-境内由緒案内板-
当社は、慶長八年(1603年、江戸幕府ができた年)代官小林重郎左衛門が摂津国(兵庫県)の西宮神社を勧請し創建した。
商売繁盛、財福清廉の「福の神」としての恵比寿神の神徳は、関東一円にわたり、関東総社として多くの人々の崇敬が篤い。昭和五十年には、鎮座四百年祭が盛大に行われた。
十一月十九、二十日の秋季大祭は、十数万余の参拝者で賑わい、一キロの参道を、お宝売りをはじめ、さまざまな店が並ぶ。境内の神楽殿では、お神楽の奉納も行われ、近郷最大の名物行事となっている。
-由緒書-
戦国時代、関東地方は古河の公方勢と上野の上杉勢が対立、足利地方は幾度も戦場になり、街は焼かれ、田畑が乱されました。徳川氏の代官風祭太郎左衛門は疲弊した足利を再興するため尽力しましたが、その一つとして産業の神様摂津国西宮大神を栗崎(現在地)に勧進しました。その後の代官たちも神域を整備し、祭りを盛大にしてきました。その霊験はすぐに顕われ、足利は織物業が飛躍的に発展し、作物の成育もよくなり、街びとたちは栗崎の恵比寿様のお陰とお参りする人が増え続けました。噂は関東一円に広まり、江戸・相模・武蔵からも参詣に来るようになり、各地に恵比寿講が出来ました。
代官所の庇護で始まった神社は宝永二年(1705)足利藩が誕生すると、地元有志に任され、祭祀世話人会が結成され、以来三百年間、地元世話人会の人びとによって守り続けられてきました。
江戸時代、境内で勧進大相撲や近くの田んぼで小屋掛の芝居まで行われ、関東有数のお祭りで知られるようになりました。現在も秋季大祭には三百余軒の露店が並び、商売繁盛の祈願とお礼参りのため、参詣で賑わいます。近年は七福神めぐりの神社として訪れる人も多くなっています。
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足利市役所の北西、織姫山の麓に鎮座する。
駐車場はないようだったので、鳥居前のちょっとしたスペースに停める。

鳥居から階段を登ると分かれ道になっていて、左が社務所、正面が社殿へと向かう。

階段を社殿のほうへ登り終わると斜め左に折れて拝殿。
右側手前には神楽殿。
祭りのときは木像恵比寿像が真ん中に置かれる。

神楽殿では11月の秋季大祭のときに神楽の奉納があるようだ。

秋季大祭の恵比寿講は19・20日で20日に参拝したときは楽はやしを行っていた。
稚児巫女が吊るされた餅を取ろうと競い合っていた。

本殿の裏には境内社が並ぶ。
左から稲荷神社、秋葉神社、神明宮、八坂神社、山神社。

社務所は階段左側。
宮司さんは大原神社の宮司さんなので、通常はいない。
でも管理人さんがいるので由緒書や書いてある御朱印を戴ける。
祭りのときは宮司さんに朱印帳に書いて戴ける。
由緒書は足利学校近くにある太平記館にも置いてある。
西宮神社は足利の恵比寿講で有名。
祭りのときはぐるっと回った織姫神社の方まで露店が並ぶが19日の方が賑やかで20日だと露店は閉まってしまう。
足利七福神の1つでもあるので観光にも向いているようだ。
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西宮神社(栃木県足利市)のコメント
以前に、この神社に参拝してきました。『西宮神社駐車場→』なる看板を発見。
神社の裏手に回る道を上がると、駐車場がありました。
社務所には誰もいず、御朱印は頂けませんでした。 比較的社務所に誰かいる確率高いんですけどね。
本務社は大原神社ですが、お祭りのときだけになります。
去年参拝したときは氏子の方が除草作業していて、リポD頂きましたよ。
2009年02月11日 かぐら URL 編集
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